大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)806号 判決 1970年4月20日
原告
山下悦子
代理人
土橋忠一
被告
岩木技研工業株式会社
代理人
平山芳明
主文
当裁判所が、当庁昭和四三年(手ワ)第三八一六号約束手形金請求事件につき、昭和四四年一月三〇日言渡した手形判決を認可する。
(但し、異議申立後における請求の一部放棄により、右手形判決主文第一項は、左のとおり更正された。
被告は原告に対し次の金員を支払え。
金一六〇、〇〇〇円。)
異議申立後の訴訟費用は被告の負担とする。
事実《省略》
理由
一原告が、被告振出にかかる本件手形一通の所持人として、被告に対し、右手形金及びこれに対する呈示の翌日から完済までの遅延損害金の支払を求める手形訴訟を提起し、当裁判所において右請求を認容する旨の主文掲記の手形判決を得、この判決の仮執行により、被告から右手形金一六〇、〇〇〇円の支払を受けたのと引換に、本件手形を被告に交付したこと、及び本件手形受取人欄が現在においても白地のままであることは当事者間に争いがなく、本件手形の振出日が、原告主張のとおり補充されたことは、被告において明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。
二手形受取人の記載を欠く手形による手形金請求ができないことはいうまでもなく、本件手形受取人欄が現在なお白地のままであることは前示のとおりであるところ、原告は右白地は既に補充されたものとして扱われるべきものであると主張するので検討する。
原告訴訟代理人が、本件手形訴訟の第一回口頭弁論期日において、本件手形受取人欄に訴外株式会社布施精機工作所と補充する旨を陳述し、これについて被告が明らかに争わなかつたため、手形判決においては、右補充の事実についていわゆる擬制自白の規定を適用し、補充がなされているものとして判断していることは本件記録によつて明らかであるところ、前示仮執行がなされた後に開かれた、異議手続における第八回口頭弁論期日たる同四四年一一月二九日、被告訴訟代理人から本件手形受取人欄が白地のままである旨の主張がなされ、これに対し、原告訴訟代理人が、右白地部分を直ちに前示訴外会社と補充する旨の意思表示をし、かつ、これを実行するため本件手形を一時交付されたい旨要求したところ、被告代理人がこれに応じなかつたため、右白地部分が補充されないまま現在に至つていることは、当裁判所に顕著な事実である。
ところで、手形債権者が手形判決の仮執行により、手形債務者から手形金相当額の金員の支払を受けた場合においても、右はあくまで仮の弁済金として受領したに過ぎないものであるから、手形法三九条の適用がなく、従つて、手形を手形債務者に返戻する必要がないと解すべく、仮りに手形を返戻したときにおいても、手形債権者がこれにより手形の所持を喪つたものではなく、手形債務者をしてこれを所持させることにより代理占有しているものと解すべきであるところ、かかる関係にある手形債権者が、手形判決に対する異議訴訟けいぞく中に、手形債務者に仮りに返戻した係争手形の手形要件が未完成であることに気付き、右未完成の白地部分補充のためこれが交付を求めた場合には、手形債務者としては右要求に応ずべきであるといわねばならないことは、前示占有関係からみても、はたまた信義則から考えても当然であつて、手形債権者において白地部分補充の内容を明示して手形の一時的な返戻を求めたのに対し、手形債務者がこれを拒絶して補充権の行使を妨害したとみられる場合には、民法一三〇条の類推適用により、右補充がなされたものとみなすことができると解すべきである。
以上の理論を本件についてあてはめると、本件手形の受取人は、前示原告訴訟代理人が被告訴訟代理人に対し、補充の内容を示して本件手形の交付を求めた日に、右内容どおり補充されたものとみなさるべきである。<以下省略>(下出義明)